投資家は社会貢献していると言えるか?|投資の本質と社会的役割を考える

Xで現在話題になっているポストがあります。
直接リンクは貼りませんが、趣旨としては

「投資家には生産性がない」
「社会の役に立っていない」
「労働者の方が何百倍も価値がある」

というものです。

この意見を見て「なるほど、そう見えることもあるのかもしれない」と思いました。
たしかに投資家というと、大きな椅子に座ってディスプレイのチャートを眺めているだけ、という優雅でリッチなイメージを持たれやすいです。

でも実際に投資をしている立場からすると、その見方は少し単純すぎるようにも感じます。
なぜなら、投資という行為は社会と切り離されたものではなく、企業活動や市場の仕組みと深く結びついているからです。

もちろん、投資家が労働者のように直接モノやサービスを生み出しているわけではありません。
その点では、投資家の価値はあくまで間接的なものです。
それでも私は、投資家は社会に対して一定の役割を果たしていると思っています。

その役割は、大きく分けると次の2つです。

資本市場を通じて企業の活動を支えること

会社が事業を行うには、お金が必要です。設備投資、人材採用、研究開発、新規事業への挑戦。どれを取っても資金なしでは進みません。
もちろん銀行借入という方法もあります。ただ、企業が大きな成長を目指す場面では、それだけでは足りないこともあります。

そこで重要になるのが、株式市場を通じた資金調達です。
新規上場(IPO)や公募増資の場面では、投資家が資金を出すことで企業は直接的に成長資金を得ることができます。

そして、普段の株式売買も無関係ではありません。
投資家が継続的に市場に参加し、売買が成立する状態が保たれているからこそ、企業は必要なときに資本市場から資金を調達しやすくなります。

つまり投資家は、常に企業へ直接お金を渡しているわけではないとしても、企業が資金を集められる仕組みそのものを支える存在だと言えます。

株式市場の流動性と価格形成を支えること

もう一つの役割は、株式市場の流動性を支えることです。

株価は、単純に業績だけで決まるものではありません。
足元の業績、将来の成長期待、業界全体のテーマ、金利、地政学リスク、市場全体のセンチメントなど、さまざまな要因が絡み合って動いています。

その中で重要なのが、株式が市場で自由に売買されることで価格が形成されている、という点です。買いたい人と売りたい人が多数参加しているからこそ、特定の相手との恣意的な取引ではなく、市場全体の評価を反映した価格がつきやすくなります。

もし市場の参加者が少なく、流動性が極端に低ければどうなるでしょうか。
一部の参加者だけで価格が大きく動き、適正とは言いがたい水準で取引が成立しやすくなります。それでは公正な価格形成が難しくなり、企業価値に対する市場の評価も歪みやすくなってしまいます。

この意味で、長期保有の投資家も短期売買を行う投資家も、異なる形で市場の流動性を支えていると言えます。
投資スタイルの違いはあっても、市場に参加する人がいるからこそ、株価は一つの価格として機能するのです。


私は、投資家が労働者と同じ形で価値を生んでいるとは思っていません。
工場でモノを作る人、現場でサービスを提供する人、インフラを支える人たちの仕事には、明確な直接性があります。

一方で投資家の役割は、そことは少し違います。
投資家は、企業が挑戦するためのお金が集まる仕組みを支え、市場で価格が形成される環境を支えています。それは目に見えにくいですが、資本主義の社会では確かに必要な機能です。

だから私は、
「投資家は社会に対して直接的な生産を行っているわけではない
だが、間接的には社会的価値を生み出している」
と考えます。

世の中には様々な意見がありますし、このテーマに絶対の正解があるとも思っていません。
ただ「投資家は何の役にも立っていない」と言い切ってしまうのは、資本市場の構造を少し見落としているように感じました。

とても面白い論点だと思ったので、今回は自分なりに考えを整理してみました。
ここまで読んでくださった方は、ぜひご意見やご感想をお聞かせください!


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